「寝たきり」やめました。「車イス遍路」始めます。

どんな状況にあっても、「今」やれることを楽しむ!このブログが、そんなきっかけになって欲しい。

【まとめ版】病気のこれまでの経過(今日までの3年4ヶ月)

こんにちは。Goroです。

 

今日は、この状態になってからの約3年4ヶ月の流れについて、ざっと振り返りたいと思います。今後、病気の歩みや、その時々に試してきたことなど、詳細については順を追って紹介していくつもりですので、今日の記事は、それに向けての「まとめ版」(一連の流れを振り返る用)と思っていただければと思います。

 

①原因不明・病名不明期

 

1、2015年9月22日

忘れもしない、病気が発生したと思われる日です。シルバーウィークということで、4泊5日で千葉に旅行へ行っている最中でした。その4日目となる朝に、風邪をひきました。

普通の風邪にしては、やけに頭が痛いなあと思いつつ、風邪ひいたくらいにしか思っていなかった(普通、そうですよね)。

そして、結果的に、この朝以来、今のこの瞬間まで頭重・頭痛がなくなったことは一度もありません・・・。

 

2、2015年9月29日

その後、かなりの頭痛がありながらも、なんとか1週間会社に行っていたが、この日、手足にしびれが出て、感覚がなくなってきたため、早退して電車で家に帰ることにした。

その途中、意識を失って救急車で運ばれることとなった。

 

3、~11月18日

その後、いわゆるドクターショッピング(いろんな医療機関を、次々と受診を繰り返す)を続けながら、気合いでなんとか、会社にも行ったり休んだりしていたが、この日に1ヶ月間の休職届を提出することとなった。この時は、まさか、そのまま3年が過ぎるとは、これっぽっちも思っていなかったなあ。

 

その間に、実にいろいろな病名?がつけられました。

ただの風邪だと言われたり、ひどい副鼻腔炎だと言われたり、精神的なものだ・不定愁訴だと言われたり、後頭神経痛だと言われたり、神経症だと言われたり、もう分からん!と言われたり(笑)

 

②寝たきり期

 

12月15日

会社休み始めてからも、針治療とか、頭痛専門整体治療とか、しょうがなく心療内科専門の病院へ行ったりとしていたが、症状も更にひどくなっていることが自分でも分かった。

それでも、辛さはあったが心配は無かったし、会社にもすぐ戻るものだと思っていた、この日がやってくるまでは。

 

この15日の夜、今までとは全く違う症状というか、発作みたいなものに襲われた。一瞬でも気を抜いたら、自分が自分ではなくなる、ないしは死ぬんだろうなって感じる状況が4時間続いた。

この時が今までで一番怖かったし、もうただ事ではないとこの時悟ったし、この症状が半年間ほとんど毎日続くこととなった(4時間連続はこの日だけだったけど)。

 

ここからの半年近くは、ホントに地獄のような日々でした。あんまり言いたくないけど、死んだ方が明らかに楽だなって、何度も思わされました(むしろ、死ぬと思ってたなあ)。

でも、生きていて良かった。ホントによく粘ってくれた!と、この時の自分には頭が上がらない。そして、家族・親戚・友達の行動や想いにはホントに感謝しています。ありがとうございました。

 

主な症状としては、

・とにかく、頭重感・頭痛がきつかったなあ(今の辛さとはレベルが違いました)

・呼吸が出来ない時間帯が多くて、とにかくきつかった

・ちょっとでも気を抜くと、失神しそう(これが一番きつかったかな)

・なので、ベッドの上でじっと横になっていられるわけでもなかった

・のどが苦しくて、耳鳴りはあるし、頭はボーッとするし

・光がダメで、夜は電気つけずに、ロウソクでの生活でした(笑)

・音には特に敏感だった。ご飯はベッドの上で、自分の咀嚼音きつくてあまり食べれず

・トイレは壁や床に這いつくばって、風呂はたまに入って、後はタオルで拭いて

 

みたいな生活でした。今振り返ってみると、改めてよく粘ってくれたと思うし、今の状況と比べたら、間違いなく前進している自信を持っていいですね。

 

病名の変遷としては、

Ⅰ、脳脊髄液減少症(12月初旬の診断)

この病名については、また詳しく書きますが、ずっと「疑いあり」という状態だったのですが、これと思って生活していた日々が長かったので、他の診断が出た今でも、この病気を自分と関係無いものとは思えない。実際、否定もされてないので、症状もかなり当てはまるので合併症であってもおかしくはないですしね。いずれにせよ、この病名がついている方を自分と関係無いとは思えないです(まあ、他のどんな病名でもそうですけど)。

 

Ⅱ、起立性調節障害OD)※サブタイプ:体位性頻脈症候群 (POTS)2016年5月診断)

 

これで最後だ!と行った、新しい病院でこの病名がつきました。座る・立ち上がると一気に脈が上がるという、初めて数値として納得出来る病名に出会いました。ただ、この病気の症状だけにしては、あまりにもひどいけどなあとは思っていました。寝ていても症状がきついわけですし。

 

Ⅲ、自己免疫性自律神経節障害(2016年7月診断)

 

POTS症状に加えて、これが今の僕の、最終的な病名となりました。症状の中に、失神というのがあったので、やっと納得いくようになりました。脳脊髄から順番に、病名がどんどんレアになっていき、この病気の症例は100例くらいしかないと言われました。俗に言う、100万人に1人ってやつですか(笑)

レアすぎて難病指定もされていないので、とりあえず「自己免疫疾患」の1つとしていろいろ対策を考えています。ただ、その自己免疫疾患というもの自体が、一般的には完治は無いとか言われていますが、僕はあまりそういうのは氣にしないタイプなので。この3年間でそうなっていったという方が正しいかな。

僕が、治るんだという証拠を、このブログでみせつけてやりますので、こうご期待!!

 

③座る・立つ・歩く練習期

 

1、リオデジャネイロオリンピックパラリンピック終了期(201610月~)

 

なんとか、まずは寝たきりを脱するために、心身共に動き始めてくれ出したのが、この頃です。間違いなく、このリオの大会で僕の潜在パワーにスイッチが入りました!(試合自体は全く見ることは出来ませんでしたが)

無理に無理を重ねながらも、30分テレビを見られる時とかも、この辺から出てくるようになってきました。

 

2、第4回WBC(野球)開始期(20173月~)

 

座る練習は継続しながら、歩く練習にも今まで以上に力が入りました。週2・3回歩く(2・3分くらいですが)というのを継続的に絶対やる意志が強まりました。今でも、簡単ではないので、よくこの時期に頑張っていたなと思います。

これまでは、野球を見ることはほとんどありませんでしたし、辛くて避けている部分もありましたが、やはりこの大会は僕に力を与えてくれました!(前大会の井端選手からも)

 

3、車イス購入期(201711月~)

 

車イスを購入したことで、自分の行動範囲を広げるチャンスが生まれてきました。ここから数か月、調子を落としていたので、しばらくは使用出来なかったのですが、2018年の1年間を通して、この車イスの存在はかなり大きなものとなりました。

もちろん、車イスを買おう、と思えるところまで少しずつ前進してきた(座ったり外に出る実践練習を積んで)からこそ、このチャンスを掴めたわけですが。

 

④現在の状況

 

こんな感じの3年4ヶ月を過ごしてきて、今に至ります。長いと言えば長いですよね。中学や高校なら、もう卒業しちゃってる期間なわけですからね。

 

今の自分のスペックとしましては、まずは午前中がとにかくきついです。そもそも眠りが浅い中ではありますが、一応起きた、と認定されたところから、起き上がるまでに2時間くらいかかります。そこから朝食を少しだけとって、次にまた起き上がるまでに1~2時間かかります(苦笑)

 

ということで、いつの間にか13時くらいになっていて、もう昼食です(笑)

昼食を食べてから、体が少しずつ動かせるようになってくるので、ここから夕食までの時間が僕にとってのゴールデンタイムです(夜はまた、症状が強くなってきます)。

 

この間に、1クール30分を目安に、テレビを見たり、庭に座ったり、パソコンをやったりしています。間に休憩で、ベッドに横になっている感じです(ちなみに寝られることはまずありません)。

そして、実践形式として、公園にイスを持っていって座ったり、昼食を食べに行ったり、たまに車イスのあるとこへ行ったり、という感じです。

人が訪ねてきてくれた時や、勝負だ!という感じで1時間くらい座る時もありますが、その分その後にダメージがいつもよりちゃんとやってくるので大したもんですよね(笑)

まあでも、この勝負の時間を作っていかないと、次のステージには進めませんからね。

 

これが、今の僕が持つ、基本的なスペックです。

これを最大限に利用していけば、車イス遍路&ブログ投稿を出来るだろう、というわけです。ただ座っているのとはわけが違うので、どこまでやれるか分かりませんが、イメージトレーニングだけはばっちりです!

 

ちなみに、車イス遍路のスタートは2月1日予定です。よろしくお願いします。

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